稲子澤観音とは
「稲子澤」は、江戸時代の中ごろ伊達藩と深いかかわりを持ち、莫大な財力を築き、その名を東北に鳴り響かせた大長者の家。西国三十三観音、板東三十三観音、秩父三十四観音を加え、聖大観音をつくり、全101体を4代にわたって揃えた。
長く隆盛を極めたが、しだいに家運が傾き、明治45年(大正元年・1912 年)12月に、岩谷堂(現・奥州市)の中善・小原家に譲られることとなった。金箔もまばゆい稲子澤観音は現在、奥州市岩谷堂にある「えさし郷土文化館・奥の院」に安置されています。
Inagoswa Kannon temple
気仙三十三観音 十九番札所
「稲子澤」は、江戸時代の中ごろ伊達藩と深いかかわりを持ち、莫大な財力を築き、その名を東北に鳴り響かせた大長者の家。西国三十三観音、板東三十三観音、秩父三十四観音を加え、聖大観音をつくり、全101体を4代にわたって揃えた。
長く隆盛を極めたが、しだいに家運が傾き、明治45年(大正元年・1912 年)12月に、岩谷堂(現・奥州市)の中善・小原家に譲られることとなった。金箔もまばゆい稲子澤観音は現在、奥州市岩谷堂にある「えさし郷土文化館・奥の院」に安置されています。